“全国一の古木”がある、みかん産地・津久見 三代目生産者が見つめる現在と未来
良質な石灰石の産地として知られる大分県津久見市では、水はけの良い土壌と温暖な気候を活かして様々な種類のみかんを栽培しています。
日本で一番古いみかんの木(尾崎小ミカン先祖木)が存在する津久見市で、三代続く「和田果樹園」の和田政春さんに、みかん作りの秘訣、みかんを通して深めた地元の子どもたちとの交流について話をお聞きしました。
みかん学校で得た知識と仲間からのアドバイスで、生産者として本格始動
和田さんが転勤族のサラリーマンとして働いていたころ、「定年後、故郷の津久見で家業のみかん栽培を継ごうかどうか」と迷っていました。祖父と父が守ってきたみかん畑を、自分の代で手放す決断をすることができずにいたのです。
どうしたものかと考えているとき、みかん畑の散水設備に多くの費用をかけていることが分かります。このまま終わらせてしまうのは勿体なく感じて「まずは試しにみかんを作ろう」と、57歳で兼業農家としてみかんを作り始めました。専門知識の持ち合わせもなく手探りでスタートしたため、当初は皮に黒の斑点ができてしまい売り物になるみかんができませんでした。
どのようにして育てたら良いか悩んでいたところ、生産者の仲間から大分県が実施する「みかん学校」を教えてもらいました。3年ほど通いながら、栽培について学ぶ貴重な機会を得ます。
「みかん栽培を志す人なら誰でも参加できる学校で、基礎から学ぶことができました。そこで身につけた知識と仲間からアドバイスをもらいながら育てていると、少しずつ色の綺麗なみかんができるようになったんです。定年後も自分が作業できる範囲で続けていくことに決めました」
自身のペースを保ちながら農作業に取り組んでいた和田さん。お客さんから届く感想や応援が励みとなり、少しずつ目標が明確になっていきます。お客さんに喜んでもらえるみかん作りを目指すため、肥料の研究を始めるなど情熱を注ぐようになったのです。それと同時に、高齢のために引退する生産者のみかん畑を預かるようになりました。
「みかんの木は、実が収穫できるようになるまで6年ほどかかります。高齢で世話ができなくなったからと、やっと実が付き始めたばかりのみかんの木を切り倒して引退する姿を見るのはあまりにも忍びなくて。その人の子や孫が、将来みかん作りをする日がくるかもしれないから、それまでは自分が預かっておくつもりで代わりに育てています。津久見の特産品でもあるみかんは生産者が減っているので、少しでも次の世代に繋げたい思いで頑張っています」
みかん栽培を開始して15年。少しずつ増えたみかん畑は1.5ヘクタールの規模となりました。一人で管理するのはとても大変ですが、繁忙期は家族やパートさんなど多くの人の力を借りて乗り越えています。また、引退した生産者による専門的な助言も力になっていると微笑みます。津久見のみかんは、地域の支え合いと助け合いで守られ育まれているのです。
「和田果樹園」の三代目として家業を守る和田さん。57歳で兼業農家としてスタートを切り、現在は地域のみかん畑を預かりながら多品種のみかんを育てています。
取材日は【デコ330】の出荷が近づきつつある日だったこともあり、鈴なりの果樹園で撮影ができました。あざやかな橙色、ぷっくりとふくらんだヘタが特徴的です。
節約のために始めた有機肥料栽培で、安全で美味しいみかんが誕生
和田さんは数種類の品種を育てており、そのほとんどが減農薬・有機肥料栽培です。消費者が数ある商品の中から安心して選べる、美味しいみかん作りを目指しています。
有機肥料を使い始めたのは、肥料代を抑えたいと考えていたためです。生産者の仲間から「有機肥料を自作してみたらどうか」と提案されたことがきっかけでした。
「肥料を店で買うと1袋1700円程で、それが200袋必要でした。仲間が『自分で作れば良いよ』と言い、有機肥料の配合割合を教えてくれたんです。魚粉や骨リン、EM菌などを使って自作したら700円ほどで作れました。有機肥料で育て始めると、みかんの甘みが増して味が格段に良くなり、お客さんにとても喜ばれたんです。最初は節約のための有機肥料でしたが、美味しいと言っていただけるので今後も使い続けていきます」
和田果樹園では、収穫したみかんを自前の直売所で販売しています。シーズンになると津久見市の国道沿いにテントを立て、丹精込めて育てたみかんを対面で販売。多くの品種の中から好みに合うみかんを見つけてもらいたい思いで、試食の提供やお客さんとの会話を大切にしています。
品種の一つ【はるみ】の巨大看板が目印の販売用テント。和田果樹園の楽しみは、なんといっても商品選び。あなたの好みにぴったりなみかんを見つけて。
「みかんを出荷したこともありますが、ほんの少しの傷で売り物にならないとはじかれ、どんなに味が良くても、見た目の良さが最優先される選別基準に納得できませんでした。自分たちで販売すれば、お客さんは『味が良いからいいよ』と小傷も納得したうえで買ってくれます。味の感想も直接聞けるし、味が悪いと怒られることもあります。『ここのみかんは美味しい』と言って、また買いに来てくださったときが一番嬉しいです」
今では市内外から多くのお客さんがテントを訪れるようになりました。今年はコロナ禍で売上が落ちると予想していましたが、リピーター客からは「買いに行けないから、配送してほしい」との声もあり、一時は在庫が足りなくなるほど。栽培から販売までの全工程を行う、和田さん自慢のみかんは着実にファンを増やしています。
自宅用も贈答用もお任せあれ。コロナ禍では、「自宅に配送してほしい」というリピーターからの要望にも応えました。
【デコ330(でこさんさんまる)】が繋いだ地元小学生との交流
和田果樹園のテントには、「和田果樹園応援団」と書かれた大きな寄せ書きが飾られています。地元の小学校3年生の子どもたちが、みかんハウスの見学時に贈ってくれたものです。見学のきっかけは、子ども達が避難訓練の際に歩くルートにビニールハウスを見つけたこと。まだ青く小さかった【デコ330】を見て、「あれは何の実だろう」と興味を持ちました。担任の先生が「ビニールハウスを見学させてほしい」と、和田さんを訪ねて来たといいます。
テントに飾られた小学生からの寄せ書き。和田さんの話や見学の感想、自分好みの味わい方など子どもたちの“みかん愛”がギュッと詰まっています。
小学生が見学した【デコ330】は、デコポン(不知火)の開花からおよそ330日間、収穫せずに樹上で栽培する超完熟の品種。
「みかんハウスが、子どもたちの学習機会になるなら嬉しいと思い快く引き受けました。高齢化や担い手不足によって地域のみかん農家数は減少傾向にあります。子どもたちがみかんを見て学ぶ機会が減っていることを寂しく感じていました。見学に来てくれた子どもたちの中で、一人でもみかん作りに興味を持つ子が現れて将来の生産者になってくれれば、これほど嬉しいことはないですね」
「将来の担い手が現れるように」と期待して引き受けた見学会。みかんの話を聞きながら、書き取りをする子どもたちの熱心な様子がうかがえます。
太陽の光をいっぱいに浴びながら育つ津久見みかん。シーズン中は市内外のファンが販売用テントを訪れ、生産者である店主との会話を楽しみながらみかんを買い求めます。
和田さんが家業を受け継いだときに必要としたのは、「美味しいみかん」を育てる知識と技術でした。みかん学校へ通いながら生産者としての技量を高め、仲間のアドバイスを得ながら、今では減農薬・有機肥料を使った「安全で美味しいみかん」を提供できるようになりました。
次の目標は、将来の担い手を育てること。“全国一の古木”がある産地として、津久見みかんを守り続けるために努力を重ねていきます。これからも橙色に染まる町の風景を見られるように。
- 2022年03月22日