想いも引き継ぎ、更に良いものへと探究する Uターンしてきた元サラリーマンのハム作り
豊後大野市三重町のバイパスを潜り、林の間を通る道を進んでいくと見えてくる、ひっそりと佇む小さな建物。
付近の民家の小屋かと思いきや、煙の立ち昇る排気管の横に可愛いロゴとハムの文字。
この小さな建物が今回お話をお伺いする「手作りハム工房 義ハム」代表 首藤 義文さんです。
県産のブランド豚「米の恵み」を使用した、保存料を使用しないハム作りの思いやハム作りに携わるきっかけなどをお伺いしました。
養豚事業者勤務を経てUターン、当初は何も決まっていない状況だった
首藤さんは大学の畜産学部を卒業後、関東の養豚事業者に就職。生まれて3ヶ月の豚を出荷まで健康に飼育し、かつ特色や美味しさを付加するための業務に従事されていました。
もともと動物が好きで養豚を選んで就職し、仕事内容にもやりがいも感じてた首藤さんですが、年数を重ね部下ができたことで人材育成やスケジュール管理などのデスクワークなどに追われ、豚と向き合う時間がとりづらくなっていったそうです。「今とは違うやりたいことを探してもいいかもしれない」と思い、4年間務めた養豚事業者を退職されました。
あまり他の地域で働くイメージも湧かなかったという首藤さんは一旦地元に戻って今後の事を考えようと、2018年に地元の豊後大野市へUターンされました。
「地元に戻ってからどうしようかと考えていた頃、後に師匠となる須藤さんが事業を引き継いでくれる弟子を探している事を母から聞きました。」
師匠の須藤さんは元々、豊後大野市の三重農業高等学校の教員で当時からハム作りをされていました。加工実習で作られるハムは、農業高校が作ったハムとして美味しいと地域で評判だったそうです。
須藤さんは定年退職後もハム工房すどうを開業し、10年間ハムを作り続けました。しかし、体力的にハム作りが難しくなり事業継承を考えていた頃、Uターンで帰ってきた首藤さんと出会ったそうです。
実は首藤さん、高校生の頃にもお母様から須藤さんの事業継承を勧められた事があったそうです。しかし、動物を飼うことに興味があった高校生の首藤さんには、ハム作りへの関心が持てなかったそうです。
同級生に感じた個人事業の魅力と、事業継承に感じたハム作りの可能性
当初はまったく心に引っかからなかったハム作り。しかし、Uターン後に誘われた事で携わろうと思ったのには、2つのきっかけがあったそうです。
「地元に帰って来てから同級生達と食事をする機会がありました。その時の参加者にパン教室をしていたり個人事業を行っている同級生が何人もいました。
彼らの多くがUターン者で、他の地域でスキルを身につけ、そのスキルを活かして地域で活動しているのが本当に良いなと感じました。
生産業でサラリーマンをしていた僕からすると、直に自分の仕事が相手に届いて評価してもらえる事や、自分の仕事に自分で値段をつける事ができることに魅力を感じました。」
同級生との再会でサラリーマンではなく、個人事業主として働くことを意識した首藤さんはハム作りについても高校生の頃とは捉え方が少し変わったようでした。
「大学時代は、鹿肉の有効活用について研究をしていました。そもそも鹿は害獣として駆除対象ではあるものの、肉が食用利用されず捨てられてしまっているという現状があり、そのために全国の様々な地域で有効活用の取り組みがなされています。そのような研究をする中で、生肉で販売するより加工して食べやすくした状態で販売することも重要であるという気付きがありました。その事があったため、須藤さんのハム作りを引き継ぐ話を聞いた時に面白いかもしれないと思ったし、肉は畜産公社から仕入れる事が出来るため生産現場に近い状態で製品作りが出来ることは独自性があると感じたので、ハム作りを引き継ぐ決断をしました。」
それから首藤さんは須藤さんに弟子入りし、現在の義ハムの作業場でハム作りに携わることとなりました。養豚事業を行う企業で勤務していたとはいえ、食品に関してこれといった知識もなかったという首藤さんは基礎から学んだそうです。
義ハムの工房。この小さな工房で日々肉の加工、燻製、梱包など製品化の全ての作業が行われている。
時間以上に馬が合うかが重要、丁寧に渡されたハム作りの技術
前職の職業柄、豚を解剖する機会もあり構造も理解していたため、食品のことは未経験ながらもある程度は出来るだろうという思いがあった首藤さん。しかし、実際やってみると思った以上に、難しいと感じたそうです。
「例えば、成形という作業があります。豚からロース肉として取り出されたものを食べやすいように脂を削いだりする作業で、見た目の綺麗さはもちろんのこと表面の滑らかさで舌触りが違ってきます。切れやすい繊維の流れがあって、それに逆らって無理して包丁を入れると断面がガタついて見栄えも良くないし、燻製やボイルの過程でそのガタ付きがより目立つようになってしまいます。この大事な成形の技術が、須藤さんとはまだ天と地の差があるんです。また、食肉加工として肉を扱う以上、細菌などに対して凄く繊細な仕事なので、これまでとはまた違った緊張感があります。」
須藤さんとの技量差はあるとはいえ、首藤さんの作るハムは豊後大野市だけではなく県内の様々な地域にファンがいたり、馴染みの生産者や事業者が行うイベントでも提供されたりと、きちんと評価された美味しいハムを作られています。
数日間塩付けした豚肉を流水にさらし塩抜き作業を行っている首藤さん。早朝から黙々と工程をこなす。
塩抜き後、桜のチップで燻煙された様子。燻製独特の良い香りと色合いが食欲をそそる。
師匠の須藤さんからしっかりと技術や事業を引き継いだ首藤さんですが、意外にも須藤さんに教わった期間はわずか半年。須藤さんが体力的なリタイアを検討していた事もあって、とても短い期間での継承となりました。
「須藤さんが教師をされていた事もあり、凄く丁寧に教えて頂いた。ただ、それでも事業を継承するというのはとても難しいと感じました。大雑把に言うと、渡す側と受け取る側の馬が合うかが重要になってくる。結局のところ人なんだなと思います。この人だったら自分の作り上げたものを引き継いでくれるなという信頼感と、作り上げてこられたものを残していきたいなという受け取り側の気持ちが噛み合う事は、例え長く一緒にいても難しいと思う。なので、須藤さんと繋がれた事は本当に幸運な事だったと思います。」
短い期間で全ての技術を伝える事は難しいかもしれませんが、ハム作りに対する思いなど気持ちの面で深い繋がりがあったからこそ、首藤さんは半年で事業を引き継げたのだと思います。
様々な意見があるからこそ、これからの方向性をしっかり定めていきたい
サラリーマンとして働いていた時は、自分一人で生きているような自立しているような感覚があったと言う首藤さん。しかし、個人事業主として仕事をしてみて、自立してると言うほど自立できていなかった事を実感したそうです。
また、これまでは良くも悪くもシステマチックに活動されていて物事をシンプルに捉えていたそうで、それが良さだと感じていたそうですが、地元で働くなかで地域との繋がりが心地いいと感じる人間だと言うことにも気づいたそうです。
「ハム屋さんと言うカテゴリがついたことで、自分から地域の人に関わるようになったし、周りから見た私も関わり易くなったと思います。何をしているか想像しにくい仕事よりも、食べたことがある“ハム”を扱っている人のほうが親しみやすいし、私も知ってもらえている安心感から自然と地域の方々と関わりたいと思うようになりました。そういう風に『ハム屋さん』という分かりやすい肩書きがついた事は、地域での人との関わり方にもプラスになっています。」
個人事業主となり着実に地域との関係性を築いている分、お客さんの反応もきちんと直接受け取れているそうで、とても嬉しい事ですが批判された時は想像以上に辛いと言います。
「正直な意見をもらうと、辛い時もあります。特に多いのが須藤さんと味が違うとか、一般的なハムと比べて塩辛いなど。場合によっては、辛辣に言われるので、アピールの仕方など工夫しなければならないと思い知らされます。その反面、お客さんから子供がパクパク食べていたとか、美味しいねって言っていたとか、子供が喜んで食べていた話を聞いた時は本当に嬉しいです。」
批判も評判も注目度の高まりの表れで、これからの伸びしろが大いに期待される義ハムですが、まだ明確に方向性が決まっている訳ではないと言います。義ハムの特徴として大豆タンパクや乳タンパクを使わず、保存料も使用していません。ですが、厳密には無添加という訳ではなく発色剤などは使用しています。
使用の理由としては、衛生的な観点があり、元々自然の岩塩に含まれている成分を無機的に調合して添加しているものです。しかし、お客さんによっては理屈では分かっていても、心にストンと落ちてこない人も多いんじゃないかと首藤さんは考えています。
「添加物を全く使わないと言うハムだと、また違った販路もあるとは思いますし、現在市場で間違いなく求められているのも分かります。ただ、発色剤を使用しない場合、製造工程の中で注意すべき部分も増え、さらに時間経過と共に白く変色し店頭販売に不向きな見た目にもなってしまいます。無添加商品を販売するとなれば、これまで作ってきた生産物とは違うものを作ることになるため、技術的にもアプローチ出来ておらずどうすべきか悩んでいるところです。しかし、より高い衛生基準を満たすことで、より広い地域のお客さんに注目してもらえる事ができるとも考えているため、これから方針を定める中で考えていきたいです。」
義ハムのロースハム。大豆タンパクや乳・卵タンパク、保存料を使用しておらず人気も高い。
スライスや梱包など作業は全て一人で行い、製品完成後は店舗やお得意様などに配達も行う。
義ハムでは出来る限りの添加剤は減らしてはいるものの、あくまで重要なのは色々な選択肢の中から商品を選べるという事だと考えていらっしゃいます。そして、現状無添加とは言えない商品ではあるものの、地域の特性を生かしてシンプルな作り方をしているこのハムが好きだと言ってもらえて、義ハムを選んでもらえたら嬉しいと語る首藤さん。今後はよりこだわって、大分県内だけではなく全国に届けられるような商品を作るために、豊後大野にある尊敬する企業や事業者の高い商品力を見習い勉強していきたいという意気込みから、地元で生きる熱意とエネルギーを感じました。
- 2021年04月28日