野菜パウダーで食をもっと豊かに 地元産野菜を世界へ届ける取り組み
肥沃な大地と清らかな水を活かして、畑作農業が盛んな大分県豊後大野市。
「大分の野菜畑」と称されるほどに、一年を通じて多彩な野菜が栽培されています。
そんな地元が誇る美味しい野菜を、パウダーやペーストなどに加工した野菜製品の製造・販売を行っているのが「野菜工房 村ネットワーク」常務取締役 應和 春香さんです。
採れたて野菜の鮮度をそのままに、風味や色・栄養価まで残したこだわりの商品を、国内外へ届ける取り組みをお伺いしました。
入社のきっかけはサンプルモニターから
村ネットワークは平成17年に豊後大野市で、應和さんの父である小原秀樹さんが創業しました。農業が盛んな同地域で多くの農家を悩ませる、規格外野菜を破棄処分せざるおえない、食品ロスの問題を解決するため、それらをカット野菜に活用し、学校給食や飲食店などへ納品する取組みを行っています。主力商品は地域の特産野菜である里芋・さつま芋・ピーマンのカット商品で、その他にも様々な農産物を使ったカット野菜を製造・販売し、生産者と消費者を繋ぐ架け橋の役割を担ってきました。
地域のために日々奮闘する父の背中を見ながら育った應和さん。ご自身は心理カウンセラーの道を志し、広島の大学・大学院に進学して臨床心理士の資格を取得しました。卒業後は両親の勧めもあり地元の豊後大野市にUターンし、心理カウンセラーとして7年ほど働きました。出産のため一時的に家庭へ入りましたが、育児が落ち着いたら心理カウンセラーの仕事に戻るつもりだったと言います。
「当初から父が経営している村ネットワークを継ぐ気は全く無くて、心理カウンセラーとして一生働くつもりでいました。一方で夫はサラリーマンでしたが、将来は自分で事業に取り組みたいという想いを持っていたので『父の下で経営を学んでみたら?』と、私が提案して村ネットワークで働き始めました。
その頃の村ネットワークでは野菜パウダーの開発に取組んでいて、野菜の美味しさをまるごとパウダーに加工する研究をしていました。ちょうど子どもの離乳食開始のタイミングと重なり、試作した野菜パウダーを持ち帰った夫から『離乳食で使った感想を教えてほしい』と言われたので、サンプルモニターをすることにしました」
それまで離乳食といえば野菜をすり潰して作るペーストしか聞いたことが無く、野菜パウダーを使う事に初めは抵抗があったそうですが、実際に使ってみるとお湯と混ぜるだけで簡単に食べさせる事が出来て驚いたと言います。お子さんも嬉しそうにパクパクと良く食べ、手間が必要で大変なイメージのある離乳食がスムーズに進み大感激。
手軽で使いやすく準備時間も不要のため、忙しい時の離乳食にぴったりで、他にも咀嚼力の弱ったお年寄りの食事や、野菜嫌いの子供にも食べさせやすいなど、野菜パウダーが活躍する場面は意外と多く、販路の可能性を実感したそうです。
出産から1年ほどが経ち、そろそろ仕事を再開し子育てと両立させたいと思い始めた頃、周囲の人たちから「親の会社で働けば、時間の融通が利きやすいのでは」と勧められる事が増えた應和さん。サンプルモニターをはじめ商品名の考案など、様々なサポートを裏方で行っていましたが、それをきっかけに村ネットワークに入社。すると、気が付けば本人の意思とは関係なく、パウダー事業の責任者に抜擢される運びとなりました。
サンプルモニターなどを手伝った後、周囲の勧めもあり軽い気持ちで入社したら、いつの間にかベジマリの担当者にさせられていたと、笑いながら話す應和さん。
こだわりの野菜パウダーが完成、ベジマリブランドの誕生
村ネットワークでは試行錯誤の日々を経て、野菜パウダーを完成させました。
地元で採れる新鮮な野菜や果物を主に使用。粉末化するために最も重要な乾燥作業は、色や風味、栄養価を損なわないために出来る限り低温で行い、素材毎の適した乾燥温度や切り方を徹底的に追求しています。
素材の変化を極力抑えて水分のみを飛ばした後は、水冷石臼方式の製粉機で摩擦熱を抑えながら粉にする事で、美味しく色も鮮やかな、無添加・無着色のパウダーが作られています。
そんなこだわりの詰まったパウダーを「VEGEMARI(ベジマリ)」と名付け、独自ブランド商品として販売を開始。現在では野菜や果物をはじめ、炊いたお米やグルテンフリーの製パン用米粉など、約40種類のパウダー化に成功し注目を集めています。
「VEGEMARI(ベジマリ)というブランド名は生産者と消費者を野菜で繋ぎたいと言う想いから、ベジタブル(vegetable:野菜)の『ベジ』とマリッジ(marriage:結婚・強い団結)の『マリ』から取って名付けました。また、『マリ』には地面に落とさないように楽しむ『手鞠遊び』の鞠のように、商品を手に取ってくれた人から他の人の手へと受け渡されて行くようにとの願いも込めました。私達は野菜を必要とする全てのお客様の『もっと野菜を』に応え、野菜をつくる人・野菜を調理する人・野菜を食べる人、それぞれの想いの懸け橋になる事を目指しています」
村ネットワーク加工場に併設された自社ショップでは、ベジマリ各種や野菜パウダーを使用したスムージーなどが購入出来る。「おんせん県おおいたオンラインショップ(楽天)」での購入も可能で、大分県豊後大野市のふるさと納税返礼品にも登録されている。
村ネットワークのブランド「VEGEMARI(ベジマリ)」の商品。野菜パウダーをご自身のお子さんの離乳食で使用した経験が、その後の商品展開に活きている。
生産者の想いと共に、美味しい野菜を海外へ
村ネットワークに入社後、責任ある役職を任されて2年程が経過。臨床心理士とは異なる分野の業務を引っ張っていく立場となり、あらゆる場面において勉強する機会が増えたと言います。一から商談時のノウハウを学び、研修会への参加や他企業との情報交換など、慌ただしく過ぎる日々。時には商談が上手くいかず、バイヤーからの心無い言葉に悔しさから涙した事や、海外企業との商談で国内取引とは違う条件の難しさに悪戦苦闘しましたが、多くの方の力添えを受けて海外貿易を学び、英語でのやり取りを乗り越えた事などが大きな経験になりました。
そんな應和さんの努力が実を結び、ベジマリは国内のみならずフランス・台湾・オーストラリアへと販路を順調に拡大。現地での評判も好評との事で、これからさらに海外取引を増やすべく、商談に取り組んでいます。その原動力の根底には、地元産の美味しい野菜を国内外に向けて積極的に届けていきたいという、強い想いがあると言います。
「輸送をするにあたり、生野菜では重量と鮮度の問題で難しい面が出てきますが、弊社が得意とするパウダー加工で軽量化と長期保存を可能にすれば、より多くの人へ豊後大野産の野菜を届けられます。生産者さんも自分が丹精込めて作った野菜のパウダーを、全国の人や海外の人まで使っているとなれば、モチベーションアップや誇りも生まれて、農業の活性化にも繋がるはず。
そして将来的には、生産者さん達とコラボレーションして『生産者〇〇さんの野菜を使ったベジマリ』といった、生産者名を前面にPRしたパウダー商品を販売する事で、生産者個人のブランド力向上にも貢献したいと考えています。そのためにも、まずはベジマリが高いブランド力を持つ事を目標にしており、生産者の方にもベジマリと組む事にメリットがあると感じてもらい、それぞれがきちんと儲かる仕組みを作って行きたいと思っています」
自社の一人勝ちだけを目指すのではなく、生産者に寄り添い、消費者を想いながら作られる野菜パウダー。その人気の理由が、應和さんの言葉ひとつひとつに表れている様に感じました。
加工する野菜や果物は、電解水で徹底的に殺菌・洗浄し、⾦属探知と⽬視検査によって異物混入をチェックする。
乾燥前のカット作業は、素材毎に最も適した切り方を研究。手作業で行う事により、人の目や触れた感覚で選別した新鮮な野菜や果物のみを使用している。
こだわりの低温乾燥と水冷石臼方式で製粉する事で、素材本来の味と鮮やかな色、栄養価までも損なわずにパウダー化する事に成功した。
村ネットワークではパウダーの他にも、カットやペースト、乾燥・粉末化技術などを活用した製品作りや、受託加工サービスを行っている。
デジタル技術を活用し業務の効率化と平準化を目指す
新規事業のベジマリのブランド化に成功し注目度が上がった事で、加工受託業務への問合せが増え、電話対応や見積書の作成に多くの時間を割くようになりました。限られた従業員数の中で業務を効率的に行うために、新たな試みとして自社ホームページに自動見積もりフォーム「ベジマリマイン」を導入。見積もりを希望する人が自分で加工したい野菜や量などを入力する事で、簡単に見積価格が表示される仕組みを整えました。
「県の取り組みに参加して自社ホームページにデジタル技術を活用し、見積依頼をオンライン化する事で、非対面化と対応時間短縮を実現しました。確度の高い問い合わせに絞って対応することで業務効率を向上し、また、どのメンバーでも同レベルの対応が出来るようにマニュアルも改良しました。
社内では常務の仕事は常務にしか出来ないと言われますが、そんな事はなくて、工夫次第で誰でも出来ると思っています。特定の人にしか出来ない業務がある状況は避けたいし、そういう状況が当たり前の組織にしたくありません。今後も様々な工夫をして、業務の効率化と平準化を進め、より良い組織を作って行きたいです」
村ネットワークの自動見積もりフォーム「ベジマリマイン~かんたんご相談フォーム」。食材の種類や量、加工方法などを選択する事で要望に沿った見積もりを約3分で得る事が出来る。(ホームページより一部スクリーンショット)
臨床心理士の経験を活かした、みんなを笑顔にする取り組み
業務改善や組織作りなどにも積極的に取り組まれ、販路の拡大にも貢献している應和さんですが、ご本人曰く経営者には向いていないと話します。
「創業者として会社を経営しているのであれば、何としてでも自社の利益を多くしようという考えでいたでしょうが、父の会社を一部引き継いでいる形なので経営者と言うより、考え方の根っこは私のベースである臨床心理士として取り組んでいると思います。
臨床心理士は原則として、クライアントを利己的に利用する事があってはなりません。その考え方が染み付いているので、ベジマリも自分達だけが利益を得るのではなく、関わる生産者さんや企業さん、買ってくださるお客様の全てを笑顔にする事が大前提。野菜を作っている方と、それを必要としている方の縁を結んで、双方の困り事を解決する力になるため、これからも自分たちに出来る事を全力で取り組んで行きます」
臨床心理士の経験を活かし挑戦を続ける應和さんは、野菜パウダーをもっと世の中に浸透させて、より多くの方に使ってもらえる環境を作りたいと考えて活動をされていました。
今後も積極的にデジタルの力を活用し、将来的には農家と加工事業者を繋ぐプラットフォームの作成を目指しており、事業者同士を繋げる仕組みの構築こそが、村ネットワークに課せられた役目だと感じています。
應和さんのさらなる活躍と様々なアイデアで、食卓に野菜パウダーが並ぶ光景が当たり前になる未来が、すぐそこまで来ていると期待が高まっています。
- 2021年06月16日