地域おこし協力隊が取り組む特産品開発 スタートした国産メープルシロップ作り
パンケーキや紅茶にヨーグルト、意外にもベーコンや和食とも相性が良く、栄養価の高さから注目されているメープルシロップ。
私たちが普段手にするのはカナダやアメリカなど海外で生産されたものが多く、日本でも北海道や山形県・埼玉県など各地で生産されていますが、その量は世界全体のわずか0.1%以下です。
そんな希少な国産メープルシロップを大分県佐伯市宇目で生産し、地域を盛り上げようと活動されているのが、今回お話を伺った佐伯市地域おこし協力隊の河野 文美さんです。
宇目地域の豊かな自然を活用して、様々な試行錯誤を重ねながら地域おこしに取り組む、河野さんのメープルシロップ作りを取材しました。
宇目の自然を活かした特産品開発
佐伯市のご出身で、山や海など自然が好きな河野さんは、宇目の自然に関わる仕事が出来るという魅力に加え、今後のキャリアを考えて様々なことにチャレンジするため、あえて3年間という任期付きである地域おこし協力隊に応募しました。採用試験の面接では宇目の資源を地域活性化に活用したいと、木浦地区にある鉱山跡地を活かした取り組みの提案などを行い、その活発な提案が認められて2019年5月より地域おこし協力隊の仕事をスタートさせます。
「着任後は豊かな自然を活用した取り組みを模索していました。そのなかの一つで、宇目地域は冬場の気温が低く寒暖差が大きいため、山に自生するカエデから樹液が取れてメープルシロップが出来るのではと考えました。国産のメープルシロップは希少で商品価値や注目度も高いため、商品化すれば特産品になると思い活動を始めるに至りました。」
旅行好きが高じて各地の道の駅や直売場などを訪れていた河野さんは、埼玉県秩父市で樹液のサイダーが販売されているのを見て、地域振興に活用されている事を知っていたそうです。宇目でもカエデの樹液を活用し、メープルシロップで地域おこしが実現できたらと考えました。そのためカエデが自生している場所を探し、いくつか見当をつけた中から作業性が良く樹液採取に適していそうな大きな木が多くある場所で、本格的な調査をスタートしました。
ところが、木の見分け方や土地の所有者など様々な調査を進めていくうちに、着目した場所に自生しているカエデだと思っていた木は、葉の形がカエデにそっくりなモミジバフウという別の種類がほとんどだと分かりました。これを見分けるには葉の生え方や鋸歯(きょし)の有無、樹皮の色などから判別する必要があり樹木の見分け方など全くの初心者だった河野さんは間違えてしまいました。
ようやく動き出したメープルシロップ生産へ向けた取り組みが、振り出しに戻ってしまった事で気落ちした河野さん。どうしたものかと悩んでいた時、佐伯市所有の森林に本物のカエデが多く自生しているとの情報を得る事ができました。その場所の気温データや標高などを、国内でカエデの樹液採取を行っている場所と比較・検討したところ採取条件的に合致している事が分かったので、正式に事業提案を行い、地域おこし協力隊就任1年目の後半にさしかかった頃、宇目産メープルシロップ作りをスタートする事となりました。
佐伯市宇目地域にある緑豊かな森を活かして、メープルシロップは作られる。
冬になるとカエデの葉が落ちて木の種類が分からなくなるため、まだ葉が残っている秋のうちに樹木調査を行う。
樹液採取には木に幅1㎝程の穴を開ける。木への負担を考えて健康状態の確認や、幹の太さを計り一定の幹幅以上の木からのみ採取する。
調査したカエデの木にカラーテープを巻き、管理用の番号をつけて記録していく。
試行錯誤を重ねたシロップ製造
スタート当初はカエデの木に穴を開けても樹液が出ずに苦心したそうですが、2月に入り夜間の気温が低く日中の気温が少しずつ暖かくなる時期を迎えた頃に樹液が出始め、初年度は約200リットルを採取する事が出来ました。手探りで始めた樹液採取に成功しとても喜びましたが、その後に続く工程である樹液を煮詰める方法について、詳しく分からない状態でした。
「いくら調べても『ただ煮詰める』『保存を利かせたい場合は糖度を高める』といった大まかな情報しか入手できず、グラグラ煮えたぎるほど沸かしても良いのか、専用の機械でなければ上手く出来ないのかなど詳細が分かりませんでした。とにかく色々と試してみようと試行錯誤を重ねました。また、樹液をシロップにするには60~70分の1程の量になるまで煮詰める必要があり、ガスコンロなどで煮詰めては費用が多くかかってしまうと考えられたので、他に良い方法はないかと悩んでいました。」
新たな課題に直面した河野さんでしたが、林業が盛んな宇目ならではの場所で、問題解決の糸口を見つけます。それが同地域内に事業所を構える、佐伯市広域森林組合の木材加工工場でした。
「いつも森林組合さんの工場からモクモクと煙が出ていたので、あそこに何かしらの熱源があると目をつけて相談をしてみました。工場長が佐伯ご出身で『地元のためだったら協力する』と快諾をしてくださったので、シロップ製造の最初の過程でボイラーの排熱を利用させていただき、樹液をある程度の量まで煮詰めることが出来ました。仕上げは保健センターの調理室で行い、無事に第一弾のメープルシロップを完成させることができました。」
こうして出来上がった初年度の宇目産メープルシロップは、ごく少数でしたが佐伯市のふるさと納税返礼品として登録され、特に宣伝しなかったにもかかわらず年内に完売したとの事で、国産メープルシロップの注目度の高さが伝わるとともに、特産品としての大きな可能性を改めて実感しました。
樹液採取用の穴あけ作業(写真は樹液採取体験イベント時の様子)。
穴にチューブを差し込み、ホースで繋いだタンクに樹液を貯めていく。多く取れる時は数日で6リットルのタンクがいっぱいになる。
採取した樹液を計量し、木ごとに記録をしてデータを蓄積していく。樹液は水の様に無色透明。
樹液を煮詰める作業。今年はガスを利用した濃縮も試している。
生産量を増やしメープルシロップを宇目の特産品に
2021年もカエデの樹液を採取し、2年目のメープルシロップ生産に取り掛かっている河野さんですが、今年は採取する場所や木の選別を改善し、昨年に比べて多くの樹液を採取出来たと言います。樹液を煮詰めて瓶に入れたメープルシロップの完成品は、昨年同様に佐伯市ふるさと納税返礼品への登録に加えて、宇目地域で販売が出来るように量産を目指しているとの事で、新たな特産品になると期待を集めています。
「わたしの地域おこし協力隊としてのミッションは宇目地域の活性化で、地域にお金を生み出すこと・来訪者を増やすこと・移住者を増やすことへのお手伝いだと考えています。そのためにメープルシロップ作り以外にもお茶の実を活用した特産品作りの検討や、木浦鉱山という歴史的・地質的・鉱物学的に価値のある場所の調査など、様々な活動を通して何かひとつでも形に出来ないかと思い取り組んでいます。そしてこれらの活動について、地元の人と連携して取り組みの土台を整え、将来的には持続可能な事業化をすることが理想だと考えています。」
宇目産メープルシロップは大分県内の飲食関連企業などから注目されているほか、樹液採取の体験イベント等も参加者から非常に好評で、河野さんは確かな手応えを感じていらっしゃいます。
新型コロナウイルス感染拡大防止の為、当初予定より募集人数を減らして開催したカエデの樹液採取体験イベントには、県内各地から参加者が集まった。
樹液は新鮮なうちはそのまま飲むことが可能で、糖度は1.8%程とほのかに薄甘く、木の種類ごとに風味が異なるそう。樹液採取体験イベントでは採れたての樹液を試飲した。
地域に根付いた取り組みを目指して
メープルシロップ作りは山の恵みであるカエデの樹液を、木から少しだけ分けてもらう事で成り立っています。しかし、採取場所までの距離があることや、作業を勾配のある山の中で行うため、時間と手間が多くかかると言います。また河野さんお1人で作業を行うことが多く、手が足りていない状況です。そのため今年は“メープルサポーター”と銘打った活動ボランティアを募集し、珍しいメープルシロップ生産現場の一部を体験していただく機会として樹液採取を一緒におこない、作業の効率化を図りました。その取り組みは、参加者にメープルシロップを通じて宇目地域に興味を持ち訪れてもらうきっかけになっており、着実に地域おこしに繋がっていると感じました。
「地域おこしの仕事は様々な事にチャレンジできるので、これまでのいろいろな経験を活かせています。旅行好きがメープルシロップ作りに繋がり、以前に研究開発の仕事に携わっていた事から論文やデータを取って調べたりすることも苦になりません。自分で言うのも変ですが、たぶん性格がマニアックなので、これまでこの地域で誰もやっていないようなことに、引続き取り組んでいきたいと思っています(笑)。」
河野さんは協力隊に就任した時から「地域おこし協力隊の使命とは何か」という事を深く考え、その考えを基に様々な活動をされて来ました。残りの任期は一年。その期間を大切に、これまでに手がけた活動の事業化を検討していきたいと言う河野さんの言葉に、強い信念と情熱を感じました。メープルシロップを宇目地域の新たな特産品にするため、地域に根付いた取り組みを目指して、今後も引続き活動されていくことでしょう。近い将来、宇目がメープルシロップの産地として、活気溢れる地域になる日が来るかもしれません。
- 2021年04月21日