
逆境をバネに努力を続け日本一に スイートピーに魅せられた夫婦
ヒラヒラとしたドレスのような花びらが可愛らしく、可憐という言葉がピッタリな春の代表花スイートピー。
そんなスイートピーに魅せられ日本一のスイートピーを栽培するまでに至ったのが、大分県佐伯市宇目地域でホオズキとスイートピー栽培を行う「清幸農園」市川 一清さん・幸子さんご夫婦です。
現在、ホオズキ70アール(2,110坪)・スイートピー88アール(2,662坪)もの広さで栽培されている市川さんに、出会った瞬間に恋をしたというスイートピー栽培のきっかけや、「日本一のスイートピー」と称されるに至るまでの道のりをお伺いしました。
状況を打開するべく始めたホオズキ栽培
椎茸農家をされていた市川さんですが、80年代半ばごろ中国産椎茸の勢いに押され国産椎茸の価格が低下した事による経営危機を打開するため、新たにホオズキ栽培を開始しました。それまで宇目地域で栽培されていたホオズキは、成人男性の腰くらいの高さが平均的な大きさでしたが、市川さんの栽培したホオズキは背丈ほどに成長し、実もとても大きなものになったのだそうです。
それまで誰も作れなかった大きなホオズキを栽培出来た理由は、畑に肥料の鶏糞を土が見えなくなるまで撒いた事でした。通常はやらない方法ですが、自宅の裏にある畑が痩せた土地であったため、それを改善しようと試みた土づくりの方法でした。その結果、清幸農園のホオズキは花市場から引っ張りだこの、全国でも指折りのホオズキとなりました。
出会った瞬間恋をした、スイートピーとの出会い
ホオズキの出荷作業で宮崎県の延岡花市場に赴いた際、組合長から「宮崎の県南方面の花農家へ視察に行くので、良ければ一緒に行かないか」と声をかけてもらい同行した市川さんは、日南市にある増田さんの農園を訪れました。案内されたビニールハウスで目にしたのは、スイートピーが一面に咲き誇り、甘い香りに包まれる光景。
そのあまりの美しさに、一瞬で心を奪われました。その時からというもの、まるで恋に落ちた様に、寝ても覚めても頭からスイートピーが離れなくなってしまった市川さん。自身でスイートピー栽培をしようと決心するまで、そう時間はかからなかったと言います。
その後は、スイートピーの栽培方法を勉強するため増田さんへ弟子入りし、時間の合間を見つけては日南市まで片道約5時間かけて車で通ったそうです。限られた時間を有効に使うためにと、質問事項を箇条書きにしたメモを必ず持参し、その努力と熱意は増田さんを驚かせる程でした。増田さんから学んだ事を綴ったノートは1年間で10冊以上に及び、今では若いスイートピー生産者のマニュアルにも使われています。
増田さんの下で、いつでもスイートピー栽培を始められる程にノウハウを得た市川さんでしたが、栽培実績が無い状態ではハウス建設費用の補助金が降りないなどの苦労もありました。それでも諦めずに設備を整え、12アール(363坪)から栽培を開始しました。
「一目見た瞬間から、まるで恋をしたかのようにスイートピーが頭から離れなくなった」と、当時を話す市川一清さん。
目標の一番競りに向けて、重要な土づくり
過去に出荷間近の花弁が白くなるという症状が表れ、様々な手を尽くしましたが最終的にホウ素を与えたところ症状が改善しました。原因はホウ素欠乏症で、その事からも分かるようにスイートピー栽培には微量要素が必要不可欠で、それらをバランス良く吸収させるために、土づくりが重要になると市川さんは話します。
また、スイートピーは柔らかい土を好み、土が硬くなると酸素が入りづらく栽培に悪影響が出るとの事で、堆肥を通常より多く一反あたり10tほど入れた結果、栽培に適した土になったそうです。その後も研究を重ね、取り組んだ様々な工夫が全て良い結果となり、高品質なスイートピー作りに繋がって行きました。
「ホオズキ栽培で培った土づくりの経験と、宇目地域の寒暖差が栽培に適していたため、栽培開始当初から品質の高いスイートピーを作る事が出来た。そして、3年目には目標にしていた大田花市場の一番競りに選ばれた。競りの出品は品質の良いものから順に行われるため、一番競りに選ばれたと言う事は日本一のスイートピーだと市場に認められた証であり、自分たちが作るスイートピーが評価されて嬉しかった」
スイートピーはとても繊細な植物で気温が高くなると病気になりやすく、日照時間も非常に重要であるとの事で、近年は地球温暖化が影響して気温が高い日が増えているのに加え、気温上昇は悪天候へ繋がりやすく日照時間不足の問題がおき、以前に比べて栽培が難しくなっていると言います。しかしその様な環境の変化がある中でも、山間部に位置する宇目地域では気温の低い時期が続くため、他の産地と比べて出荷可能期間が長く、品質も良いスイートピーが作れるのだそうです。
1月中旬のスイートピーの様子。最盛期になるとさらに大きな花弁と鮮やかな色合いになるという。
覚悟と努力で築いた信頼の品質
今では名実ともに日本一のスイートピー農家として成功された市川さんですが、栽培開始時は大分県内でのスイートピー栽培は前例が無く、新規作物の導入を良く思わない農業関係者から批判や陰口を受けた事もあったそうです。
「今でこそ繁忙期は30人ほどを雇い作業を行っているが、開始当初はそんな余裕もなく、夫婦二人で一週間ほとんど寝ずに作業をしていた。その様子を見た人から心無い言葉を掛けられたりもしたが、それが逆に原動力となって負けん気でここまで頑張れた。良いものが出来なければ、潔く辞める覚悟を決めていたから、怖いものは無かった」
その後は順調に売上を伸ばしながら栽培面積を広げ、平成10年には農業協同組合から独立し「うめスイートピー」と名付けて独自ブランド化。一次生産者が生産と同時進行でブランドを維持し、流通ルートを確保して販売を行っていく事は容易ではありません。覚悟と努力で築き上げた品質が大田花市場を始め、多くの花市場や取引先に認められ信用を得たからこそ、独自ブランドとしての成功をおさめました。
「真剣味があれば、段々と良いものが出来てくる。良いものが出来ないというのは、真剣味が足りない。そして、良いものを作るには全国のあらゆる産地に友人を作ることが秘訣。他所の地域の作り方を見て学ぶことが、自身の栽培にも活きてくる。他の農家の栽培方法を見て学ばない人がいるし、そういう人は自分の作り方を他人に見せないが、良い物を作りたければ他人から学ぶ姿勢が何より大切だし、本気の人間に対しては栽培方法なども教えていくべきだと考えている」
近年はこれまで培った知識や技術を、次の世代に引き継いでいく事を意識していると言います。師匠である日南市の増田さんが自分に一から教えてくれたのと同じ様に、研修希望者がいれば受け入れて、全てを包み隠さず教えています。さらには次の世代の担い手を募集し、やる気がある人には自身の畑と栽培ノウハウを譲っても良いと考えているとの事で、真摯にスイートピー栽培に取り組み、挑戦する気概がある若者を応援し育てて行く事が、これからの夢であると話してくださいました。
愛しみ育てる数々のオリジナル品種
清幸農園ではスイートピーのオリジナル品種を約20種類育てており、突然変異で発生した花から種を取り増やして行くため、色が定着するまでに2年から3年ほど時間を要します。様々な色合いと花びらを楽しめる自慢のオリジナル品種は、宇目地域に轟(ととろ)という地区がある事にちなみ、名前に「トトロ」を付けたトトロシリーズとして人気があります。
スイートピー栽培は、ツル下ろし作業や巻きひげの摘み取りなど管理の手間が多くかかりますが、手間暇を惜しまず大切に愛しみ育てる事で、大きな花びらに長い茎・際立つ色味、花持ちが良く長く楽しめる高品質なスイートピーが生まれていました。
ツル下ろし作業中の市川幸子さん。スイートピーはマメ科の植物でツルが伸びるため、背丈を越えたら作業しやすい高さまで下ろし、洗濯バサミでネットに止め直す作業を、シーズン中に6回ほど行う。
これからも夫婦で二人三脚、歩み続ける世界一への道
多くの花市場から取引希望の声がかかる清幸農園のスイートピーですが、国内取引価格の低下に伴って近年はフランス・オーストラリア・韓国・上海・オランダへの輸出を行っています。日本産の高品質なスイートピーは海外での注目度も高く、昨年は4万本を輸出し高値で取引されました。海外市場の可能性と需要の多さを実感したとの事で、今後も輸出に力を入れていく予定です。
「自分が作る物に自信があるから、安売りするつもりは無い。どれだけ良いものが出来てもきちんと売れなければ意味がないし、一生懸命やった分、しっかりお金にする事が何よりも大切。そうすることで、楽しみながら続ける事が出来る」
そう笑顔で語る市川さんから、スイートピー栽培にかける熱い想いが伝わってきました。農園名は、一清さん・幸子さんご夫婦の名前から一文字ずつ取って清幸農園と名付けられました。これからも夫婦二人三脚で「世界一のスイートピー」を目指し、愛してやまないスイートピーと共に歩んでいきます。
清幸農園のスイートピーは佐伯市のふるさと納税の返礼品に「心に春が来る! うめスイートピー」(期間限定)として採用され、寄付者の方々に大変ご好評を頂いています。うめスイートピーの甘く優しい香りと可憐な花に、ぜひ皆様も癒されてみませんか。
- 2021年04月14日