
独自ブランド化で大成功地域の農地を守り受け継ぐ取り組み
寒い季節になると、毎年無性に食べたくなる焼き芋。
特徴的な甘くこうばしい香りが漂ってくると、居ても立っても居られないという人も多いのではないでしょうか。
大分県豊後大野市芦刈地区にある「農事組合法人 芦刈農産」は、そんな全国の焼き芋ファンを魅了する美味しいさつまいもを生産・販売しています。
今回は代表の芦刈 義臣さんに、農事組合法人設立のきっかけや、人気となった独自ブランド芋「はるか姫」のお話をお伺いしました。
後継者不足に危機意識、地域の若手農業者が立ち上がった
芦刈農産がある大分県豊後大野市芦刈地区は、葉タバコとさつまいもの産地として古くから農業が盛んな地域でした。しかし近年のタバコ需要の減少や、地区周辺に工業団地が出来た事により、後継者世代が農業以外の職に就く機会が増え、農家数が減少して行ったと言います。
芦刈代表は同地区で専業農家をしていましたが、地域の過疎化・高齢化の問題や、農家出身の若者が農業をしない後継者不足の状況に危機意識を抱き、少しでも農業に関心を持ってもらいたいと、16名の若手農業者を集めて「芦若塾」というグループを立ち上げました。
芦若塾ではスイートコーンの栽培・販売、さつまいもの観光農園を運営するなど農業を推進する活動を行いながら、その売上を活動資金に充てていたと言います。地域のお祭りに屋台が来なくなった時は子ども達が喜ぶようにと、金魚すくい・たこ焼き・綿菓子・焼き鳥を出店するなど、賑わいづくりにも力を入れました。
地域おこしと言うと硬いイメージになってしまうので、楽しみながら地域が盛り上がる事をしようと、行政の補助金には頼らずに様々なイベントを開催。その中で一番の人気イベントになったのが、「芋食って屁こき大会」です。
芦刈地区がさつまいもの産地である事にちなみ、おならの大きさを競う大会という独創的なイベントでしたが、予想以上の人気となり計7回ほど開催されました。テレビや新聞など各地のメディアに取り上げられた事で注目され、県内外から多くの出場者が集まったそうです。上位入賞者には賞金と、米などの賞品を贈呈。上位入賞を目指して、真剣かつ白熱した戦いが繰り広げられ、驚くほどの盛り上がりを見せたと言います。
この様に芦若塾の活動を通して、農業と地域の活性化に貢献してきた経験が、その後の取り組みに繋がる大きな一歩となっていきました。
芦刈農産では芦刈地区の人々をはじめ、多くのパート従業員が「人生の楽園」を目指して、日々明るく楽しく農作業に取り組んでいる。
農事組合法人の設立、独自ブランド化「はるか姫」
10年ほど活動を続けていた芦若塾ですが、その間も芦刈地区では後継者不足による耕作放棄地が増えていきました。
「過疎化・高齢化で耕作が難しくなった田畑を集約し、土地利用型の農業をやらなければ、さらに耕作放棄地が増えてしまう。芦刈地区の農地を残し、地域を何とかしなければいけないと思い、地元農業者を束ねて経営の一元化を図ろうと、2005年に農事組合法人 芦刈農産を設立するに至った」
芦刈農産では芦若塾メンバーも組合員となって芦刈地区の農家組織を法人化し、地域農業を担う経営体としての取り組みを開始しました。米・麦・大豆やスイートコーンを栽培し、当初は学校給食用に「京いも(たけのこ芋)」を生産していましたが、子ども達が食べないという理由で取引が終了してしまいます。
その後、芦刈地区は昔からさつまいもが良く出来る土地という原点に立ち返り、さつまいもの人気品種である「紅はるか」の栽培を開始。紅はるかは糖度が高くしっとりとした食感が特徴で、芦刈農産では肥料にこだわって甘みを追及し、独自ブランド化して売り出す取り組みをスタートします。
「品種名そのままに売っても店頭では紅はるかとしか表記されず、芦刈農産という組織のブランド力の向上には繋がらない。自社で生産する紅はるかに自信があるからこそ、他所との差別化を図るため独自ブランド名での販売にこだわった」
2013年に「はるか姫」という名称で商標登録し、独自ブランド販売を始めました。作付面積は当初の60アール(1,815坪)から、現在では900アール(27,225坪)の規模に拡大し、売上も好調と言います。発売当初は関東への出荷がメインでしたが、ネットショップの開設やギフトセットにチラシを同梱するなど広報活動に取り組み、今では全国のお客さんから多くの注文が来る程の人気となりました。
芦刈農産に併設されている販売所に並ぶ「はるか姫」を、取材中も多くの人が購入に訪れていた。
販売所に併設された作業所で、はるか姫のサイズ仕分け作業が手作業で行われる。
重さによってサイズを細かく選別し、一つひとつ丁寧に袋詰めしていく。
箱詰めされた「はるか姫」はトラックいっぱいに積まれ、関東方面へ出荷される。
取り組みが認められ農林水産大臣賞など数々の賞を受賞
地域農業者で構成される芦刈農産は発足時、資本金28万5000円ほどの小さな団体でした。自分たちで様々な取り決めを作りながら組織を運営し、時に個人が連帯保証人となって機械を購入するなどの苦労を乗り越え、着実に事業規模を拡大していきます。
独自ブランド化したはるか姫の販売や販路拡大に成功した後は、冷凍焼き芋や野菜ペースト等の加工品を生産・販売するなど6次産業化を進めました。また、新たな雇用の創出と年間を通じた雇用の確保に努め、現在4名の職員が働いているほか、地域の高齢者の雇用拡大にも貢献されています。
それら多くの取り組みが認められ、全国優良経営体表彰「集落営農部門」で農林水産大臣表彰や、大分県農業賞「集落営農むらづくり部門」で最優秀賞を受賞するなど、数々の賞を受けるまでに成長しました。今後も事業規模拡大に向けた加工場や作業所の拡張を計画しており、売上目標も現在の3倍に設定するなど、さらなる発展を見据えています。
なぜ、そこまで志を高く保ちながら活動を進める事ができるのか。その理由は、農業に関わる若者を増やし、生産から販売まで一貫して行える組織になることを目指しているからだと、芦刈代表は言います。
「はるか姫も知名度が上がり、県や国が取り組みを評価してくれた事でも一気に広まるきっかけとなった。それでも農業は3K(きつい・汚い・危険)のイメージがあり、担い手を募集してもなかなか人が集まらないのが現状。そのため経営の基礎をしっかり作り、将来的には天候に左右されない施設野菜の栽培をスタートさせ、いずれは販売を担う株式会社を立ち上げたい。販売をメインで行う株式会社を作ることで、どういう形であれ農業に関わる若者が増えるきっかけになるため、地域にとっても農業業界にとっても、良い影響になると信じている」
事業所内に併設されている加工場では、冷凍焼き芋の製造を行っている。
人気の冷凍焼き芋は手作業で焼くため大量生産が難しく、売り切れてしまう事も多いと言う。
はるか姫の貯蔵倉庫。収穫後、倉庫で45日間貯蔵し熟成させる。
熟成したはるか姫を洗浄する作業など、複数の作業所で多くの従業員が働いており、農地を活用・守るだけでなく地域雇用の活性化にも繋がっている。
法人の強みを活かした担い手育成と、人生の楽園を目指して
芦若塾発足時から一貫して芦刈地域の農地を自分たちで守り、自分たちで活用する事を基本に、後世に渡り農業を持続して行くという想いで取り組んでいる芦刈農産。
自立した法人経営を行い、地域の人々が生涯に渡って農業で幸せに暮らせる「人生の楽園」を目指した活動を行っています。また、農業を志す若者を通年雇用する事で就農者を増やし、次世代を担う人材の育成にも力を注いでいます。
「自然に癒される事やストレスフリーな働き方に憧れて農業を始める方がいるが、その後に現実とのギャップから離農する方も少なくない。個人で農業をやっていて売り上げが上がらなければ、サラリーマンよりストレスを感じる場合もある。リスクを一人で抱え込まずに全員で助け合い、技術を共有しながら農業の楽しさを感じられる事が農業法人の良さだと思う。私自身が個人で農業を行っていた経験があるからこそ、良さを伝えられるし実感している」
そう話す芦刈代表の言葉には、取り組みへの熱い想いが溢れていました。
農業法人の強みを活かして若者の就農と定着に繋げて行く事は、少子高齢化が進む芦刈地区の未来を守り、さらには日本の農業の活性化にも繋がって行くと感じました。
甘くて美味しいはるか姫のファンを全国に増やしながら、芦刈農産はこれからも地域と共に歩んでいきます。
- 2021年03月24日