
優れた食味で大臣賞受賞 代々受け継ぐ原木しいたけ作り
しいたけ人工栽培発祥の地と言われる大分県佐伯市宇目地域。
その昔、宇目地域に住む炭焼きで生計を立てていた源兵衛という男が、切っておいた残り木にしいたけが自然発生しているのをヒントに、しいたけの人工栽培を始めたという説があります。
その後、しいたけの栽培法は宇目地域一帯から大分県下、やがては全国へ広がったと言い、その歴史を今に受継ぐ大分県は乾しいたけの生産量日本一を誇り、国内総生産量の約40%を占めています。
そんなしいたけの一大産地となった起源である佐伯市宇目地域で、代々ご家族で原木しいたけ農家をされている矢野 誠一さんに奥深い『原木しいたけ栽培』のお話を伺いました。
手間ひまかかる原木しいたけ栽培
矢野さんのしいたけ栽培は、原木の伐採から始まります。自身の山や知人から頼まれて行う手入れの一貫として伐採を行いますが、傾斜地での作業も多く重労働で手間と時間がかかるため、ご家族で協力して伐採作業を行っているそうです。また、クヌギやナラなど木の種類によって伐採に適したタイミングが変わるため、時期を十分に見極めて作業を行わなくてはならず、非常に気を遣う作業とのことで、原木伐採時から既にしいたけ栽培が始まっているのだと感じました。
伐採後の木は40日間ほど山で仮置きし乾燥させたのち、しいたけ栽培に適した長さに切断し、しいたけの元となる種駒を打ち込んでいきます。一本あたりの原木に打ち込む種駒は原木の直径(cm)の1.5〜2倍個ほど、毎年約15万駒の種駒を打ち込むのだそうです。
その後1年半ほどの期間、菌の確実な定着のために原木を寝かせ置く“伏せ込み”を行いますが、その際に湿気の度合いや風通しが悪いと菌の定着“ほだ付き”が良くなりません。菌が成長しやすい環境を整え、しっかりとした管理をする必要があるのです。
2年ほど経つと原木をしいたけ専用栽培場へ移し、ようやくしいたけが出来始めます。時間をかけて準備した原木から、しいたけが収穫できる期間は3〜4年。年間7,000本ほどを古い原木の内部を確認しながら新しい原木と入れ替えていくそうで、どの工程も非常に手間と労力がかかる作業の連続だと感じました。
ちなみに収穫時期を迎えて1年目が、最も味の良いしいたけができるのだとか。木の養分をもらってしいたけが育つため、良質な原木が欠かせないそうです。
しいたけ人工栽培発祥の歴史から丁寧にお話くださる矢野さんは、大分県椎茸農業協同組合の理事をされている原木しいたけ栽培のスペシャリスト。
しいたけ専用栽培場には天井から吊り下げ式の遮光ネットが使用されており、適度な遮光性・通気性が確保されていた。
栽培場内はしいたけが好む自然環境に近づけるために、風に揺れたネットの隙間から日差しを取り入れ、森の中の木漏れ日を再現している。
良いしいたけのために収穫期を絞る、大切なのは水分コントロール
宇目地域では中低温で芽が出る品種が主に栽培されており、最低気温が10度以下になる秋頃から収穫期が始まり、気候と湿度次第でしいたけはすくすく育ちます。そのため矢野さんも秋から収穫を始めるのかと思いきや、栽培技術により収穫期を絞っているのだそうです。
「秋に出るしいたけは笠がすぐに開き軸が長いものとなってしまうので、与える水分量を調節しながら発芽を抑制し、しいたけの味と形が良くなる2月〜3月に多く収穫出来るよう、成長のタイミングを調整している」
現在のようなしいたけ専用施設で栽培する前は自身の所有する杉林で栽培しており、自然の雨風に晒される環境下での栽培は水分量の管理が非常に難しかったとのこと。しかし、今の施設では水分量のバランスをコントロールすることが可能なため、収穫期を絞り高品質なしいたけを大規模に栽培出来るようになったそうです。
取材時(11月)に収穫されたしいたけ。充分美味しそうだが、2〜3月にはもっと軸が太く、風味も豊かな良いしいたけが収穫出来る。
原木しいたけを乾燥機で12時間ほど乾燥させて、乾しいたけにする。乾燥させる事で旨味と香り、栄養価が高まる。
乾しいたけ品評会用のサイズ表。大きさによって「冬菇(どんこ)」「香菇(こうこ)」「香信(こうしん)」と呼び名が変わる。
食味で評価される矢野さんのしいたけ
大分県の乾しいたけは、毎年開催される全国乾椎茸品評会で素晴らしい成績を納めており、2019年時点で団体の部で21年連続、53回目の団体優勝をするほどです。また、個人の部でも最高賞である農林水産大臣賞を多くの県内生産者の方々が受賞されており、矢野さんもそのお一人です。
品評会は見た目や味などを総合的に審査し評価されるため、多くのしいたけ生産者が品評会向けに、ひときわ手をかけて栽培したしいたけを出品するのに対し、矢野さんはあくまで一般流通用に栽培したしいたけの中から、良いものを選んで出品されています。
矢野さんが農林水産大臣賞を受賞された際は、食味が最も優れていると評価されたそうで、「美味しいしいたけを食べてもらいたいと思って作っているので、とても嬉しかった」と笑顔でお話してくださいました。
全国的に激減している原木しいたけ栽培
しいたけは栽培方法によって「原木しいたけ」と「菌床しいたけ」に分けられ、味や香りは原木しいたけの方が良いと言われています。そのため乾しいたけには、主に原木しいたけが使われています。しかし、全国的な生しいたけの流通量で見ると、その9割が菌床しいたけとなっており、通年で収穫でき作業労力も軽減されるため、近年主流のしいたけ栽培方法になっているそうです。
原木しいたけは収穫できるまでに時間がかかる上に、収穫期が春秋2回に限られることや、山の中での作業が重労働であることから、全国的に作業従事者が減少し続けており、宇目地域でも以前の半分以下の生産者数になってしまいました。
減少の一途をたどっている原木しいたけ栽培ですが、原木を切り出す事で里山が荒れるのを防ぎ、地域の暮らしや風土を守る、とても重要な役割を担っています。矢野さんは未来を担う子ども達へ、その重要な役割と宇目地域発祥の伝統ある原木しいたけ栽培を伝えるために、毎年地元の小学校へ出向き駒打ち体験の指導を行うなど、食農教育にも力を注いでいます。
2月上旬、宇目地区の小学校で3年生17名を対象に『椎茸駒打ち体験教室』が実施され、矢野さん指導の下、原木しいたけ栽培の手順や、やりがいを感じる事、大変な点などを説明し、駒打ち体験がスタート。
原木1本あたり16個ほど開けられた穴に、「にく丸(森290号)」という品種の種駒を打ち込んでいく。コン、コンとクヌギの原木を打つ軽快な音が響き渡り、子どもたちは終始楽しそうに作業を行った。「子どもたちが作業をしやすい様に、細く真っすぐなクヌギを揃えるのが大変だった」と言う矢野さんの苦労を吹き飛ばすほどに、全員の笑顔が溢れていた。
自分で種駒を打った原木を学校敷地内の木陰に運び、伏せ込みを行う。しいたけの収穫時期を迎えるのは5年生になる頃で、子どもたちはそれまで楽しみに待つと言う。
継承してゆくこだわりの栽培技術
先人より受け継ぎ培われた栽培技術は、矢野さんから後継者である息子さんへと継承され、代々の家業はさらなる歴史を刻んでゆきます。これまでもこれからも、より良い原木しいたけ栽培を目標に尽力される矢野さんとご家族の姿に、信念と情熱を強く感じました。
矢野さんが丹精込めてつくった乾しいたけは、大分県佐伯市のふるさと納税返礼品に「至高の乾しいたけ」(期間限定)として採用されており、寄附者の方々にも大変ご好評を頂いているそうです。
今回、お話を伺った際はまだ収穫の時期ではなかったため写真は撮れませんでしたが、いずれしいたけ収穫の様子をお伝え出来ればと思います。
- 2021年02月17日