夫婦で作り上げた宇目を代表する名産 こだわりに表れる地域への想い
秋になると道の駅宇目は多くの訪問者で、熱狂にも似た活気で溢れかえります。
訪問者のお目当ては季節限定で販売される「栗の唄げんか焼」。たっぷりの栗餡を使用した焼き饅頭です。
今や県内外に多くのファンを持ち、宇目を代表する特産品となった唄げんか焼を製造・販売している「栗の実工房」小野 茂幸さん・京子さんご夫妻にお話をお伺いしました。
試行錯誤の3年、味を追求した妥協なき餡作り
25年前より代表である小野京子さんがたこ焼きの販売をされており、それに加え15年ほど前に白餡と小豆餡の饅頭販売を始める運びとなり、宇目に伝わる民謡から【唄げんか焼】と名付けました。その際、夫の茂幸さんから京子さんに対し商標登録を取るよう助言をします。当時、農協の職員として働きながら餡作りを手伝っていた夫の茂幸さんの助言により、ブランディングを意識したスタートを切りました。
もともと茂幸さんのお父様が所有する栗山で1tほどの栗の実を収穫していた事から、それを活かすために栗を餡にする事を思いつきます。しかし試作当初は栗餡を作っても、饅頭の餡として満足出来るものではなかったそうです。
「温かい時はしっとりとして美味しく食べられたが、一晩経つとパサパサとしてしまい味が落ちてしまった。ヘラで柔らかくしてなんとか饅頭に入れてはいたが、まだ完璧なものではなかった」
試験的に販売するもお客さんからの評判はあまり良くありませんでした。その後、火加減や砂糖の量を調整するなど試行錯誤を続けること約3年、ようやく饅頭の餡として納得のいくものが作れるようになり、栗の唄げんか焼が完成しました。
道の駅宇目などでの実演で、唄げんか焼を焼いていらっしゃる小野茂幸さん。自慢の栗餡が完成するまでには、出来た餡を冷凍してみるなど様々な試行錯誤があったという。
栗だけを使った栗餡。まるで栗をそのまま頬張っているような豊潤な栗の風味は、一度食べたら忘れられないほど。
砂降りに長蛇の列、自信がついた悪天候の催事
栗の唄げんか焼の販売が軌道に乗りだした頃、宮崎県庁前で開催された北浦町の物産展に大分県代表として参加します。当日は台風接近に伴い大雨が降っており客足が伸びず、どの出展者も売り上げがほとんど見込めないような状況でした。しかしそんな悪天候の中でも、栗の唄げんか焼だけは行列が出来るほど大盛況だったといいます。
その頃、栗の唄げんか焼の人気は日南や現在の延岡市周辺のお客さんのクチコミで広がっていた事もあり、宮崎県内のお客さんが大勢購入に来てくれた結果でした。この出来事をきっかけに自信がついたそうで、本格的に「栗の唄げんか焼」の販売を行っていくことを決心されました。
その後は大分県での認知度を上げるため、農業祭や大分の百貨店催事に出店するなど地道な努力を続けられ、今では実演販売に多くの方が栗の唄げんか焼を求めて県内外から訪れるようになり、宇目を代表する人気商品となっています。
秋になると週末限定で行っている道の駅宇目での実演販売。たっぷりと栗餡を乗せた饅頭が焼き上がっていく様子を間近で見ることが出来る。
商標登録をしている唄げんか焼の焼き印を、ひとつひとつ丁寧に入れていく。
全て手作業、餡作りのこだわり
栗の唄げんか焼で使用されている栗餡は全て手作業で作られおり、栗の収穫時期には家族や近所の方にお手伝い頂いて総勢10人程で作業します。茂幸さんは「栗を茹でて包丁で半分に切るが、茹でたてすぐは熱くて触れないし、だからと言って冷めたら硬くなって切りづらく、栗を切るのは本当に大変で手間がかかる」と語ります。
栗を切った後はひとつひとつスプーンでくり抜き実を出していきますが、総計2000㎏もの栗の実をすべて手作業で取り出すのに、どれほどの時間と労力が必要か想像に難しくありません。そのため栗の切断や実の取り出し作業を機械化すべく、専用機械の見学に赴く事もあるそうですが、現在販売されている機械では皮に実が多く残ってしまい、ロスが発生するため未だ導入には至っていません。手間ひまを惜しまない丁寧な作業工程が、美味しさの秘訣なのだと感じました。
秋になると道の駅宇目の駐車場に設置される実演販売用テント。焼いたそばから飛ぶように売れていく。
販売開始前の早朝から栗の唄げんか焼を求めて待機しているお客さんもおり、人気のほどがうかがえた。
唄げんか焼を通して宇目を知って欲しい
栗の唄げんか焼はどんなに人気が出ても、栗餡に使用する栗の収穫量によって販売期間が変動します。令和2年は栗の不作により収穫量が少なかったため、実演販売は11月で終了しました。また、人気が出たことにより多くの企業から通信販売や代行販売の話が来るそうですが、使用する栗餡の増産に対応出来ないため実演販売以外は考えていないと言います。
しかし、茂幸さんが実演販売にこだわる理由はそれだけではありません。その根本には、地元”宇目”の地域振興に対する思いがあります。都会にある有名デパートのバイヤーに出店依頼をされる際に「今の価格の倍くらいの値段で売れる」と言われる事もあるそうですが、それでも基本的に宇目での販売にこだわります。
東九州自動車道の開通により宇目地区を通る国道326号線は車の往来が大幅に減り、宇目を訪れる人の数も激減してしまいました。また、少子高齢化が進む地域という事もあり、昔の賑わいを失いつつあります。
「唄げんか焼をきっかけに、ますます過疎化が進んでいるこの地域を訪れてもらう事で、宇目地域に活気を取り戻したい」
実際に実演販売も午前10時頃になると待ち時間が必要になってくるため、その合間に周辺を散策し、農林産物直売所や道の駅宇目のレストランに赴く方が大勢見受けられ、唄げんか焼をきっかけに「宇目に来て、宇目を知ってもらう」という流れが着実に結果として現れていました。
1時間待ちという状況はもはや当たり前となっているほどの人気。
原動力は応援してくれるお客さんと宇目への想い
「栗の唄げんか焼の値段は材料費や人件費の高騰が進む中で、何度も値上げを検討してきたが、『まだ大丈夫』と夫婦2人で何とか凌いできた。しかしそれももう限界まで来ている。毎年かかさず実演販売に来てくれるお客さんから『値段がいくら高くなっても良いから、やめないで欲しい』と、何人もの方に言ってもらえている事が本当に有難いし、なによりの励みになっている。頑張る事で足を引っ張られるような時もあるが、宇目の振興のために、宇目に集客するために、これからも宇目で製造し販売を行っていく」
笑顔でそう語る茂幸さんの言葉から、焼きたての唄げんか焼にも負けない熱い気持ちが伝わってきました。多くのお客さんに愛される人気商品となった今も、宇目にこだわって作られている想いの詰まった栗の唄げんか焼を、ぜひ一度ご賞味ください。
- 2021年02月10日