安心・安全は当たり前の野菜づくり 切り開く有機栽培農家の未来
日本初の「さいきオーガニック憲章」を制定し、オーガニックをキーワードに環境を守り、持続可能なまちづくりを始めた大分県佐伯市。
その中で注目されているのが、有機農法に取り組み有機JAS認証の野菜を生産・販売する「渡辺農園」渡辺 英征さんです。
食の安心・安全の観点からこれからを担う若い世代の人達に有機農法の野菜を届けるため、日々生産に取り組まれている野菜作りのきっかけと、地域内外に多くのファンを有する渡辺農園のこだわりをお伺いしました。
趣味の洋蘭栽培で起きた出来事が有機農法へ取組むきっかけ
佐伯市内で銀行員として働いていた渡辺さんは30代前半に洋蘭の美しさに魅せられ、趣味で洋蘭栽培を始めます。高温多湿の環境を好む洋蘭には病気や害虫が発生しやすく、農薬を使う事が多くありました。
ある時、いつもの様に洋蘭に農薬を散布していたところ突然ふらつきを覚え、体調が悪くなる出来事が起きます。洋蘭愛好家の集まりに参加した際に体調不良の話をすると、居合わせた参加者の多くが同様に体調不良を経験していることが分かりました。原因は農薬ではないかと考え、無農薬で洋蘭を栽培する方法を調べ始めます。
「それまで洋蘭栽培には農薬が必須だと思っていたが、書籍や専門書を読み漁った結果、自然界に自生している植物は誰の手も借りず農薬もなく立派に育っているのだから、洋蘭も同じように無農薬で栽培出来るのではないかと考えた。農薬を使わない育成には栽培環境が重要と説く書籍を参考に、無農薬での洋蘭栽培を試みると問題なく育てる事ができた」
その後は洋蘭展の審査基準である花の色や形が、更に良くなる有機肥料の研究を開始し、試行錯誤を重ねた結果、通常より花付きの良い立派な洋蘭の栽培に成功します。そして2000年に開催された「こうべ蘭展」に出品した無農薬・有機肥料栽培の洋蘭が、大きな賞を受賞するまでになり、これまでのやり方は間違っていなかったという確信を得たそうです。
30年ほど洋蘭栽培を行い、夏に朝霧が出て気温が下がる木立地域が栽培環境に最適だと気づいた渡辺さんは、栽培規模を拡大しようと定年の少し前に畑を借りました。これまで以上に本格的な洋蘭栽培を行うつもりでいましたが、借りた畑の周りが空いていたため土地の所有者から野菜の栽培を勧められます。
そこで、洋蘭作りで使用している有機肥料を使い無農薬で野菜を作ってみると、とても立派で美味しい野菜が出来たのだそうです。それからは洋蘭栽培と並行して野菜を作っていましたが、作付面積が増えていくのに比例して野菜作りが面白くなっていき、その後3年ほどで洋蘭栽培は止め野菜作りをメインに行うようになりました。
「有機栽培の野菜を育てるつもりはなかったが、洋蘭作りの延長でいつの間にか野菜を作っていた」と笑いながら話す渡辺さん。野菜作りは基本独学だという。
人気野菜の秘訣は「有機ぼかし肥料」、研究で築いた最適な土づくり
渡辺さんは定年を迎えたタイミングで本格的に農業をスタートさせ、2011年に「有機JAS認証」を取得しました。野菜好きを惹きつけてやまない美味しい野菜の秘訣は、土づくりにあると言います。
「安心・安全は当たり前、体に悪影響があり苦味の元となる硝酸態チッソの少ない美味しい野菜作りを目指している。有用微生物菌を活用した土づくりで、土に良い微生物が増えれば病原菌の増加を抑えて病気を予防でき、美味しい野菜作りに繋がる」
有用微生物菌を活用して土づくり・肥料づくり・病気予防に取り組む自身の農法を「微生物農法」と呼び研究を重ねます。洋蘭の無農薬栽培を開始した当初はEM菌を活用していましたが、沖縄生まれのEM菌では気温の低い冬場に活動が鈍化するのではと考えました。その後、様々な仮説を検証する中で「各地域の土地に何億年も前から生きている土着菌を活用することが最適ではないか」と言う結論に至り、農園がある木立地域の山から取って来た広葉樹と笹の腐葉土に付いている有用微生物菌を使い、良い土づくりに最適な有機ぼかし肥料を完成させました。自慢の土で作る有機野菜は、それぞれの野菜が持つ本来のうま味が溢れたものとなり、多くのお客さんから「美味しい」と言う声を頂いているそうです。
また、渡辺農園の有機農法や有機ぼかし肥料への注目度は高く、佐伯市が整備する市民農園利用者向け講習会が開催されるなど、有機農法の普及促進に向けた活動の一端を担っています。
佐伯市の市民農園利用者向け講習会で、有機栽培の基本から分かりやすく説明し、参加者の質問にも丁寧に答える。
有機ぼかし肥料作りの実演。米ぬか、油粕、魚粉、おから、海藻、牡蠣殻、草木炭、燻炭などを地元の山から取った有用微生物菌と混ぜて発酵させ、有機ぼかし肥料を作る。
学校給食に納品開始、若い世代に食べて欲しい有機野菜
将来を担う若い世代にこそ食の安心・安全が必要だと考えている渡辺さんは、以前より学校給食での有機野菜の使用を求めて、自身が参加する佐伯市の有機農業推進に関する会議の場で訴えてきましたが、当初は全く聞き入れてもらえなかったそうです。しかし今年、訴えが実を結び、給食センターへ有機野菜の納品がスタートしました。
有機栽培を教え広める以上、自身が手本となり収益を上げられる農家でいなければならないと考えている渡辺さんにとって、給食センターとの大口取引は経営を安定させる施策としても有難いと言います。今後は取引量の拡大もご提示いただいた事から、今春より給食センターの需要に見合った量を生産できるよう作付面積を拡大していく予定です。
「提案や意見を言い続けていると反対や妨げを受ける事もあるが、有機栽培で美味しいと言ってもらえる野菜作りを、何より自分達が楽しんで行っているので頑張る事ができる」と笑顔で語ってくれました。
有機栽培の裾野を広げ、普及を目指す活動
有機JAS認証の取得には2〜3年以上の無農薬・無化学肥料の農地や、慣行農法を行っている農地との距離など様々な条件があります。幸いにも渡辺農園がある木立地区は周辺に遊休農地が多く、それらを上手く活かす事で問題なく認証を取得出来ているそうですが、新規就農者が有機JAS認証を新たに取得する場合には準備期間が必要となり、とてもハードルの高い事だと言います。
そのため渡辺さんは有機農法を志す就農希望者に、すでに有機JAS認証を受けている自身の農地の貸し出しや、有機農法を学ぶ機会を提供するなどの取組みを行っています。なぜそれほどまで寛容に、自身の努力によって築き上げた有機JAS認証の農場を貸し出す事ができるのか。
それは渡辺さんが持つ「もっと多くの人に有機野菜を食べてもらいたい」という想いの実現には、有機栽培の裾野を広げ有機農業従事者を増やして行くことが、何より重要だと考えているからなのだそうです。そのために有機JAS認定済み農地や、これまで培った有機農法の知識・技術に至るまで、全てを提供する姿勢で有機農法の普及に取り組んでいます。
「希望者全員が有機農法を行える環境になって欲しいと心から願っているからこそ、自分に出来る事は積極的に協力している」と言う渡辺さん。
その人柄や有機農法にかける情熱が、美味しい有機野菜にも表れているのだと感じました。
木立地区にある有機JAS認証の農園。渡辺農園の美味しい野菜は「道の駅やよい」で販売されている。
これからも有機JAS認定の農地を増やし,次の世代の担い手へバトンを渡す事で有機栽培農家の未来を切り開いて行きたいという。
新たな取組みで大注目、エディブルフラワー栽培への挑戦
渡辺農園では3年ほど前から新たな取り組みとして、有機JAS認証を活かしたエディブルフラワー(食用花)の生産を始めました。デンファレ・ボリジ・キンセンカ・バラなど数種類の花をエディブルフラワー用に栽培しており、特にデンファレのエディブルフラワーはこれまで日本国内での栽培実績がなく、現在国内で流通しているものは輸入品に限られている事から、渡辺農園が作る国産初のデンファレエディブルフラワーには各地の有名シェフからも期待の声が届いています。
近年のSNSブームをきっかけに、彩りが美しく写真映えするエディブルフラワーの人気は高まっており、今後も重要が高まっていくと予想されています。有機栽培の最大の長所を活用したエディブルフラワー栽培は、有機栽培農業の可能性を大きく伸ばす取り組みになると感じました。
デンファレの有機JAS認証エディブルフラワーを使ったフレンチの魚料理。目と舌の両方で楽しめると大注目されている。
エディブルフラワーの定番花ボリジも栽培している。
有機農法でみんなが豊かに暮らせる未来を目指して
オーガニック文化を佐伯市に根付かせるため、有機野菜を育てる仲間を増やしたいという渡辺さん。特に農園がある木立地区には、特別な思いがあるそうです。
「野菜、果物、飲食店を含め有機の食品を木立地区で全てまかなえるようになれば良いと思って取り組んでいる。例えるならオーガニック村みたいなものを作って、年配者や障がい者の方も働ける農業施設があって、農作業が出来ない人は加工品作りをするなど、有機の食品ならなんでも提供が出来る地域になってくれたら、みんなが豊かに暮らせる様になると信じている」
有機農法の普及に向けて努力を惜しまず挑戦し続ける渡辺農園の躍進は、農園の野菜の様にすくすくと成長し、大きな花を咲かせるに違いありません。有機栽培農家と地域を繋ぎ、豊かな未来を目指す活動は、これからも続いて行きます。
- 2021年03月03日